ドリル帝国ブログ

ボドゲと映画とときどき旅行

アニメ視聴考察

自分のアニメを見る、評価するときの基準論みたいなのをちと書いてみようかな〜なんて
私がアニメを見る第一前提はまず直感というすごいあやふやなものだ。原作付きやリメイク、続き物なら事前情報からその直感もやや論理的なほうへ傾くけど、それでも面白くなりそう、アニメ化しても面白くなりそうに無いというところは実際に見るまでは直感だな
ここで数作品は見ることも無く切られる。今期で言えばキラレボとかデジモンとかね
次は作品というよりキャラクターが好きになれるかどうかだ
これは次の感情移入する/視点を置くポジションにきわめて重要な要素。例えばいぬかみっ!の主人公はキャラクター的に嫌いなタイプなので無理、その相方のヒロインはそんな奴のどこにベタぼれしてるのか分からんので視点の置き所を見失う
話、一部のキャラクター、作画や演出等には興味が無くは無いけど、最重要キーパーソンともいえる主人公/ヒロインを見ることがつらいのでは話にならない
蟲師のように特にキャラに思い入れることの出来ないような場合でも傍観者として作品世界を眺める視点の置き場があれば何の問題も無く楽しめる
今期のトップ2ともいえる桜蘭高校ホスト部涼宮ハルヒの憂鬱はどうか
ホスト部の方は原作も好きという贔屓目もあるけど、ホスト部の面々を愛でるに何の苦も無いところがポイントかな。もちろん作画、演出ともに秀でているし、漫画をアニメ化するってこういうことだよなっていういい見本的つくりにも感心する
涼宮ハルヒのほうは1話はかなり置いてけぼりを食らった。けどEDなどのフックが2話につなげて2話見た時点で面白いと感じさせた
視点を強制的にキョンに置かせるつくりなのだなという事が2話で分かって、中庸で比較的常識人なキョンになって物語りに混ざるのは苦は無いし、あの独白のおかげでハルヒのおかしさやその他キャラクターへの印象の標準点が設定されることが物語を楽しむのに安心できる点でもあるのかな
私がセカイ系を嫌うのは視点が作者/監督のところに置かれていて、しかもそれが目を開いている状態でなく、閉じて妄想している状態で提示されるので傍観することも出来ない
椅子にかけた中二のオタクが妄想してニヤニヤしながらしごいてる姿を見せられてもってことだわな。妄想を映像/物語化するからまるで夢のように脈絡がなくなったり唐突な伏線の回収や置き去りが出来るんだなぁ
あとは王道論なんかもあるんだけど、今回はちとここまで